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 <Ethernetの基本事項>

Ethernetの歴史

はじめに

Ethernetは米国Xerox社のパロアルト研究所でその最初の産声を上げました。その最初の実用化は、Experimental Ethernetと呼ばれている3Mb/sのスピードのもので、1976年のことでした。パロアルト研究所からは、他にも今日のコンピュータ社会を支えている重要な技術が数多く輩出していることは、皆さんよくご存じのとおりです。

Xeroxが複写機の代名詞であるのと同様に、EthernetはLANの代名詞と言っても過言ではないでしょう。
以下に、Ethernetの歴史を年代記風にまとめてみたいと思います(図1)。

Ethernetの歴史

Ethernetの名称の由来

EthernetのEtherとは、その昔天空上層に存在すると考えられていた霊気のことです。日本語のカナ表記ではエーテルと表記されますが、19世紀になってからは光・熱・電磁気の空間伝搬を媒介する仮想媒体としての意味も持つようになりました。もちろん現在ではエーテルの存在は科学的に否定されていますが、ネットワークの媒体としてまさにピッタリのネーミングですね。

このエーテル、古き良き時代のスペースオペラSFファンには非常になじみの深い言葉ではないでしょうか。そうです。かって宇宙にはエーテルが満ち満ちており、キャプテンフューチャーのコメット号や宇宙のスカイラーク号がエーテル流の中を疾駆していたのです(閑話休題)。

英語をカナ表記する場合には、なぜかローマ字読みになってしまうことが多いのですが、Ethernetに限ってはめずらしく英語発音に従って“イーサネット”と表記されるのが一般的です(もっとも、実際には“イーサーネット”と発音する人が多く、アクセントや子音のからみもあって、英語として通じにくいのに変わりはありませんが)。さしずめ明治時代であれば、霊気通信網とかエーテル網、エーテルネットとかの表記になったことでしょう。

Ethernetのルーツ

Ethernetのアイデアはどこから生まれたのでしょうか。そのルーツは、ハワイ大学で1970年に開発されたAloha-Netにあるといわれています。
 Aloha-netは、無線を利用したパケットネットワークです。これはインターネット初期の実験ネットワークであり、無線LANのルーツであるともいえます。Aloha-netもEthernetも伝送媒体が空間と同軸ケーブルという差こそあるものの、共有メディア上における公平かつ効率的な通信方式の提供という、技術的には共通の課題を持っているのです。
 Pure Aloha とも呼ばれている最初のAloha-netには、送信プロトコルとして特別なアクセス調停ルールが用意されていませんでした。つまり、各通信ノードは、他の通信ノードが通信していようがいまいがおかまいなしに送信を開始する仕様だったわけです。結果として、通信ノード数が増えると送信データの衝突が頻繁におこることになり、計算上の最大スループットは0.18という非常に通信メディアの使用効率の悪いものでした。
 使用効率を改善するために次に考案されたのが、各通信ノードの送信タイミングを同期化して衝突が起こる確率を減らしたSlotted Alohaと呼ばれるものです。この手法により計算上の最大スループットは0.37まで改善されました。
 Aloha-netでは、パケットの送出時間よりパケットの受取側までの伝搬遅延時間の方がかなり長いことが想定されていました。例えば、衛星通信です。このような状況では、他の通信ノードの現在の通信状態をキャリアの存在等で把握するのは効率的ではありませんし、大きく減衰した他局からのキャリアが自局から送出されるキャリアでマスクされてしまうので衝突検出も非常に難しくなります
 一方、逆にパケットの送出時間よりパケットの受取側までの伝搬遅延時間が十分に小さい場合はどうでしょう。この場合は、各通信ノードは他のノードの送信パケットをすぐに受信することができ、結果として、現在の通信状態を把握することが可能になります。この考察に基づいて考案されたのが、送信キャリアをモニタして通信メディアの使用状況を監視し、通信メディアが空くの待ってから送信を開始するCSMA(Carrier Sense Multiple Access)方式です。

CSMA方式は、その再送アルゴリズムとして以下の種類に大別されます。

  • 1-persistent方式
    通信メディアが空いていればすぐ送信を開始する方式です。もし通信メディアが他で使用中の場合は、それが空きしだいすぐ送信を開始します。
  • p-persistent方式
    通信メディアが空いている場合、もしくは通信メディアが使用中の場合はそれが空いた後、確率pで送信する方式です。逆に、確率(1-p)で所定の時間待つことになります(通常は最大伝搬遅延時間相当)。
  • non-persistent方式
    通信メディアが空いていればすぐ送信を開始する方式です。もし通信メディアが他で使用中の場合は、確率分布による所定の時間待った後、再び通信メディアが空いているかどうかのキャリア検出に戻り、同様の動作を繰り返します。

Ethernetの発展

1976年に完成した最初のEthernetはその通信速度が3Mb/sのもので、Experimental Ethernetと呼ばれています。この段階では、あくまでもXerox社の独自技術として開発されたものであり、特殊なネットワーク技術にしか過ぎませんでした。

Ethernetの発明者であるMetcalfe氏は、1979年にXerox社を離れますが、Ethernetの普及のためには標準化が必要と考えた彼は、DEC/INTEL/Xeroxの3社間をとりまとめ、Ethernetの標準化の共同作業に大きく貢献します。この共同作業の成果として、最初のEthernet標準規格が1980年に公開されました。これは、3社の頭文字を冠してDIX Ethernet V1.0と呼ばれ、データの転送速度も10Mb/sとなりました。

Blue Bookとも呼ばれるこの標準規格は、1982年に改定されました。この改定規格は、DIX Ethernet V2.0あるいはEthernet_IIと呼ばれ、V1.0との互換性は若干犠牲としたものの、現在のIEEE802.3規格の実質上のプロトタイプとしてその後のEthernetの基準となり、広く普及してゆくことになります。この規格で宣言されている設計目標を図3に示しますが、明確かつ簡潔なものです。

DIX Ethernetは、その改定作業と平行してIEEEでも国際標準(図4)としての標準化作業が進められ、1985年にIEEE 802.3として標準化が完成しました。この国際標準はその後も新しい技術を取り入れながら、今もなお進化を続け、現在ではFast-Ethernetの通称で知られる100BASE-Tシリーズの標準化が完了しています。また、既に1Gb/sの規格化作業もスタートしているのは、皆さんよくご存じのとおりです。

 

図4 国際標準化作業図4 国際標準化作業

早い時期に標準が確立したこともEthernetの普及の重要な要素であったと思います。現在ほど、オープン化が当たり前でなかった時期に、それを積極的に進めたMetcalfe氏並びにXerox社には、あらためて敬意を表したいと思います。余談ではありますが、Metcalfe氏は有力なLANメーカの一つである3COM社の創立者でもあります。最近では昨年末にInfoWorld誌で公表された“1996年にはインターネットは崩壊する”というショッキングな予言者としての方が有名かも知れません。

 

 

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